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2012年 01月 29日 ( 2 )


2012年 01月 29日

個に内在する反現実 - ギンズバーグの場合 - by 諏訪優さん

個に内在する反現実 - ギンズバーグの場合 - by 諏訪優さん_d0235522_2061058.jpgいささか誇大にいうならば、わたしたちは極めて危険な、そして一方的な、一触即発の時代に生きている。
事態は、人びとが盲目的な順応に慣らされることによって、一層悪い方へと向かっているのではないか。われわれの学校や、われわれの仕事場や、われわれの家庭や、われわれの子供たち、そしてわれわれ自身を見るがよい。そこでは慣れることによって平穏無事な、盲目的に順応することによって波立たずに流れて行く危なげで異様な時代がある。
すべてのものが即成され一様に与えられる。
個に内在する反現実 - ギンズバーグの場合 - by 諏訪優さん_d0235522_2062638.jpgブラウン管の青白い幽霊の唇から、極彩色の雑誌の口絵と見出しの活字から―そこには性生活のプログラムまでそえられていて、人びとは精神の既成服を着ることにも慣れてしまう。
あのおぞましいことばの即成、衣裳と身振りの即成、微量の毒物を含んでいるかもしれない食物の即成、広告によって与えられるまやかしの自由と幸福のヴィジョン、いつか訪れる死さえ、表情とてもないおそろいの黒こげ姿で迎えねばならぬかもしれないのである。
いったい、このような時代にしてしまったのは誰れか?こう書いてきてわたしは、突然ヘンリイ・ミラーの次のことばにぶつかる。
「世界はわれわれの鏡にすぎない。個に内在する反現実 - ギンズバーグの場合 - by 諏訪優さん_d0235522_20101079.jpg何か吐き気を催すようなものがあっても、 君、何で吐くんだ。君がみているのは、自分のむかむかするような面じゃあないか」
「われわれ自身を見るがよい」この痛くひびくことば・・・そうして、われわれが人間である限り、いかに拡散しまた奪われようと、内部にひそんでいるだろう人間の部分に限りなく拘泥し、くりかえしたえずそこから出発する。
ヘンリイ・ミラーのことばに即していうならば、わたしは、「自分のむかむかするような面」をひんむきあばきたく思う。おそらく、この厚い自己内部の壁を突き破り、自己と素朴に対決することなしにわたしは前へ進めぬであろう・・・


『アメリカ文学うら街道』、「個に内在する反現実 - ギンズバーグの場合 - 」、p-11~12、諏訪優、昭和41年、文建書房

(posted by Ben 10people10color)

by nonukes_niigata | 2012-01-29 23:41 | 2012年1月コメント
2012年 01月 29日

100000年後の安全

このドキュメント映画は何を訴えているのか。
主に原発から出る核廃棄物問題であることは間違いないが、
きっとこれは誰でも考えていること、気付いていることだと思う。
映画を見終わっても決して新しい概念や思想、目新しい科学技術の発見があるものではない。
作者の本意はどこにあるのか。
僕は大きな意味で今まで見て見ぬふりをしてきたことに対して
もう一度根本的なことを問い直すものであるように感じた。

なぜ廃棄物にこれほど手間も時間も費用もかかるモノにエネルギーを頼ろうと考えたのか
僕には理解できない。
原発に必要なウランも、石油と同じくいつかは枯渇するものであるし、
人類にとってこれほど危険な装置はそうあるものではないと思う。
なぜこんなものを推進してきたのだろう。
未来に対してあまりにも無責任すぎる行為であることは間違いない。

しかしそこを考え、語るには僕の知識は足りなさすぎる。
そしてこの映画での主題は『今ある核廃棄物の処理』である。

原発について賛成であれ、反対であれ、
『核廃棄物の処理』この問題は共通している。
そしてこの映画はその1つの回答を提示しているにすぎない。
日本でこのような取り組みは真剣になされているのだろうか。
『六ヶ所村ラプソディー』で語る班目元原子力安全委員からその覚悟は感じ取れない。
全くと言っていいほどの無責任。おそらく彼だけではないのだろう。
これは体質であり、大きな流れの中でなされている犯罪に等しい。
最後はカネで解決だという倫理観の欠如っぷりからして
現在の日本の原子力関係団体、科学者は信用してはいけないと思う。

核廃棄物をどう処理するのか。
処理後どう伝えていくのか。
あるいは忘れさせるのか。

数万年後の人々に対して。

これはもう先送りしてはいけない問題だと思う。
すべての核エネルギーを手放し、新しい価値観へのシフトが必要だ。
子供を、孫を、未来を思う大人たちが今決断するべきときにきている。
今までこうだったからそのまま続けていればなんとかなるというような惰性ではもう解決できないのだ。
そういう時代に大人として存在していることをネガティブにとらえず
むしろ今までの世界の軌道修正、
大きく舵をきるべきときにその一員として声をあげられることを誇りに思おう。
当然の帰結として、これは核廃棄物のみならず、
今世界で起きているあらゆる事象に当てはめることができる。
感じ、考え、決断し、行動する。
僕らの世代はこれからの世界をつくっていくのだから。

(tsubo23)

by nonukes_niigata | 2012-01-29 00:00 | 2012年1月コメント