本の紹介と言っても、抜粋ばかりで心苦しいのですが、それでもよろしければ以下をご覧ください。
・・・大きい地震と津波のために、じつに数多くの方たちが亡くなられた。その方たちはみな、家族の方にとってみても、友人にとってみても、取り返しのつかないところへ行ってしまわれた。しかし、その人たちの一人ひとりの家族、一人ひとりの友人は、取り返しのつかない死者を取り返そうと思っていられるに違いない。いまもその苦しい心の作業を続けていられるにちがいないと、私は思います。
同じ震災による福島の原発の事故は、なお続いています。いまもなお進行中の大災害です。政府は、幾つもの地域のお百姓さんたちに、作物の種を蒔いてはいけないという命令をしました。私も田舎の人間で知っていますが、お百姓さんは土をつくる、畑をつくると言われます。地面を耕して土壌を作ってきたのが、その人の人生です。そこに、もうなにも植えることができないということは、ほんとうに取り返しのつかないことが起こってしまっているということでしょう。
漁師の方たちも、自分たちの海に、自分らへ通告することなしに、放射能で汚染された水が莫大な量、流されたことをあとから知らされた。そして、魚の汚染について専門家が言い、私ら市民が魚を不安がるということが生じている。ほんとうに取り返しがつかないことが、いま、私らの世界に起こっているということです。
そして、そのなにより苦しいことの外側にいながら、そこで苦しむ人たちに「取り返しのつかないものを、取り返してください」というようなことは、私には言えない。しかしですね、将来の子どもたちのことを考えれば、日本全体の上空をふさごうとしている放射能の問題において、もっとあからさまに、私らみなの将来に向けて取り返しのつかないことがなされているのです。
しかし私たちの国で、この国びとのなかで、その取り返しのつかないことを「取り返してやろう」という心の動きが、しっかりあると私は思う・・・(p-56~57、大江健三郎さん)
『取り返しのつかないものを、取り返すために 大震災と井上ひさし』、大江健三郎、内橋克人、なだいなだ、小森陽一著、岩波ブックレット(岩波書店)、2011年7月。
(posted by Ben
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