山之口獏さんの「鮪に鰯」を紹介します。
なお、出典は『現代詩文庫 1029 山之口獏(1988年、思潮社)』(p-27/28)です。
(by Ben
10people10color)
「鮪に鰯」
鮪の刺身を食いたくなったと
人間みたいなことを女房が言った
言われてみるとついぼくも人間めいて
鮪の刺身を夢みかけるのだが
死んでもよければ勝手に食えと
ぼくは腹立ちまぎれに言ったのだ
女房はぷいと横にむいてしまったのだが
亭主も女房も互に鮪なのであって
地球の上はみんな鮪なのだ
鮪は原爆を憎み
水爆にはまた脅やかされて
腹立ちまぎれに現代を生きているのだ
ある日ぼくは食膳をのぞいて
ビキニの灰をかぶっていると言った
女房は箸を逆さに持ちかえると
焦げた鰯のその頭をこづいて
火鉢の灰だとつぶやいたのだ